ポケモンと子供

 お疲れ様です。キミタケと申します。印象的なことがあったのでちょっとした日常のエピソードを書き残します。

先日の出張で、海沿いの緑豊かな地方部に出向きました。出張とは言うものの午後から簡単な会議に参加して、電話一本入れたらそのまま直帰してヨシという楽なイベントです。ヘラヘラ〜と話を合わせ、確か5時頃には晩ご飯を探して近辺をウロウロしていたと思います。早速旧型のスマホロトムで飲食店を検索したものの、何もない。驚きだけがありました。厳密にはガソリンスタンドと教習所と畳屋しかない。都市部に戻れば選択肢は幾らでもあるとわかってはいますが折角ですし普段行かないようなお店で食べたい訳ですよ。マップに登録されていないアナログな名店があるのではという根拠のない希望的観測に望みを託した私は、当てもなく探索を始めました。

気がつくと成果なく6時過ぎ。景色が夜の色に近づくとともに、私の表情にも焦りの色が滲みます。遠くから聞こえるホーホーと思しき鳴き声が私を冷静な性格にさせ、次第に「コンビニでも寄って帰るか」と言う安定択が浮かび上がってきたのでした。とりあえず駅方面に向かうべく地図アプリを起動しようとしたタイミングでしょうか、ふと視界の隅に小さな公園を捉えました。行政が「この市には公園が◯◯個あって〜」という実績のために作ったような、情熱を感じない、事務的かつ人工的な雰囲気の公園です。ポケモンも子供もさしたる関心を抱くことはないでしょう。寄りつくのは私のようなくたびれた大人だけ。その静けさに惹かれた私はふらりと敷地内へ足を運び、背もたれが曲がったチンケなベンチに腰を掛けました。

無駄に疲れた足を休ませながら駅への道筋を確認しつつ、Twitterを開いてFFの皆さんの愉快なポストを眺める…孤独にして優雅なひと時に満足していたその時。9歳から12歳くらい?の女児が一人、孤独者の聖域たる公園に侵入してきました。その幼い顔にはつい先程流したであろう涙の跡がみられます。コチラをチラリと伺う視線。子供の視線は正直です。「一人になりたかったのに人がいやがるじゃねえか」という感情を雄弁に物語ります。妙な状況で鉢合わせた気まずさもありますし、まあ私も大人の端くれですから。何か力になれればと思い、声を掛けることにしました。余計なリスクは避ける傾向にある私ですが、若年者に良くも悪くも影響を与えることは自分にとって大切な行為と認識しています。子供にとっても「世には色んな大人がいる」と知ることはそれなりに大事でしょう。つまり声を掛けたんですよ。初手は「こんにちは〜」と言った気がします。私は初対面の方に「この人なんか変な人かも」と誤解を抱かれやすい特性を持っているので、あえてその特性を活かす路線でコミュニケーションを図りました。時に「ちゃんとしてない」大人の方が話し相手として都合がいいこともあります。思ったより賢い子だったので「機嫌がいいから飲み物でも奢ってあげるよ〜」という提案は普通に断られましたが。同性であることを加味してくれたのか段々と警戒を解いてくれて、誰かに話したい感情もあったんでしょう。彼女の涙の理由を教えてくれました。ここまで読んでくださった方はお察しいただけたと思いますが、今回の記事はこの少女との関わりについての話です。

 彼女は11歳だそうなのですが、家庭内での取り決めにより12歳まで自分のポケモンを捕まえてはいけない状況にあるそうです。ポケモンは可愛いだけの愛玩生物ではありませんから納得はいきますが、このような自然の多い地方部では珍しい方針です。一般的な尺度として、その、いわゆる田舎の方は野生のポケモンが近い距離で暮らしているものですから、幼少期からポケモンを所持させる家庭が多いです。聞くところによると少女は両親の仕事の都合で都市部からこの地域に転入してきたそうでして。やや周りとの距離感を感じながら生活しているとのこと。友達は皆自分のポケモン持ってますからね。で、12歳になるのを楽しみに待ってるんですって。

そんな彼女は来月が誕生日。迫る転換期、12歳に向けて初めて捕まえるポケモンを何にするか毎日毎日図鑑を見ては考えてたそうなんですが、ある日運命的な出会いを果たします。

我々が今いるこの公園のほど近くには、川が流れています。少し歩けば海水域に合流する地点、つまり汽水域です。色んなポケモンがいてなかなか面白い生態が楽しめそうな場所ですけども、彼女はそこで「ドククラゲ」を見つけたそうです。おおードククラゲ。なかなか珍しいポケモンです。主にカントー地方海上に多く棲息するポケモンですが、この地域の、それも汽水域帯に紛れ込むことは通常ありません。何らかの事情で長旅をし、天敵の少ないエリアで身を休めているのだと推測されます。プカプカと浮かんでいたところを発見した、と。

彼女はドククラゲを見つけ、即座に心を奪われました。そして無謀にもコミュニケーションを図ったそうです。聞いてるだけで怖くなる話ですが、当のドククラゲちゃんがおだやかな性格だったんでしょう。何となく仲良くなれたらしいです。子供はスゴいですね。それからは毎日川辺に行き、二人はよい友達として過ごしたそう。

で、昨日かな。彼女はいよいよ両親に「捕まえたいポケモンがいる。近くに棲んでるドククラゲちゃん!」と話したらしくて。当然理解を得られると思っていたそうです。ところが...両親は難色を示します。

まあそりゃそうじゃって感じです。大人からしたら懸念点は枚挙に暇がないでしょうね。どくタイプのポケモンはただでさえ管理が難しいですし、子供が初めてパートナーにするポケモンとしてドククラゲが適切かどうかは、まあ...気持ちはお察しします。聡明な両親はやんわりと諭してみたものの、それでも彼女の気持ちは変わりません。

それで、彼女はドククラゲに会いたくなりました。友達だよね、気持ちは通じあってるよねって、確かめたくなったんでしょうね。

こっからまたすげーなと思ったんですが、彼女、ドククラゲへのプレゼントのためにヘドロえきを自作したそうです。学校の理科室にある材料から勝手に作ったらしい。どくタイプの好物を調べ、再現する勉強熱心さ。目を見張るものがあります。素直に感心した。それでその特製のプレゼントを持ってったんですって。

そしたらですよ。肝心のドククラゲがいつもの場所に居ないんです。何処に居るんだって声を張り上げて、1時間くらい探し回って、それでも見つからない。丁度私がご飯を求めて歩き回ってた時です。辺りが暗くなり、ようやく諦めがついたものの、どうしようもなく悲しくなり、それでこの公園で我々が出会ったというストーリーです。

そこまで聞いて、私はまあ、ドククラゲは海に帰ったんだろうなと思いました。最近は少しづつ暖かな気候になってきて、ドククラゲの捕食する生き物が数を増やしているはずです。いくら何でもタイミングが悪いですが、ポケモンにはポケモンの生活があり、思惑があります。意志を持った独立した生き物であり、子供のために作られた都合のいい生物ではないのですから。大人である私はそれを知っています。

子供は無力です。薄く、細く、小さな身体。身につけるものは全て親に買ってもらったもので、生きる意味など考えていません。客観性に乏しく自分本位で、すぐ調子に乗るくせに繊細で傷つきやすく、思考は単純で、行き当たりばったりです。子供は時と共に思い知ります。世界が自分のために作られてはいないということを。そうして私達は、大人になるんです。

だから私は彼女にこう言いました。「よし、もう一回ドククラゲを探そう。手伝うよ!」と。そうしてカバンをまさぐると、モンスターボールを取り出しました。勢いよく飛び出てきたそのボールの主は「オトシドリ」。私がまだ子供だった時からの付き合いで、共に成長したパートナーの一匹です。このオトシドリは夜目が効くので、上空からの捜索を命じました。それなりに賢いポケモンということで写真を見せたらすぐに意図を察してくれた。すぐに飛び立つオトシドリ。

近くで私を見ていた少女は、「うわ、オトシドリ...」と呟いていました。オトシドリは面白半分で岩を落とす迷惑ポケモンとして知られてますし使用するトレーナーも少ないですから。このポケモン大丈夫かって思ったんでしょう。「ああ見えて頼りになるヤツだから大丈夫だよ。一見困ったヤツでも友達になれる、それがポケモンの良いとこでしょ。君も絶対ドククラゲと友達になれるよ!」私はそう言葉を選びます。すると目に光が宿り、少女は勇み足で川辺へと駆け出しました。

小さな彼女の背を見ながら、対照的に私の心は正直冷めたものでした。ひとしきり満足するまで捜索に付き合って、その後は「また何処かで出会えるよ」と楽観的に寄り添い。あとは家まで送り届けて、両親と二言三言言葉を交わせば、「よい大人」としての仕事は終了する。思い描くビジョンの中にいる私は、何処までも大人であるのが、寂しくも思えました。

ドククラゲちゃーん。ドククラゲちゃーん。地方部は街灯が少ないため、周囲は薄い闇に覆われています。数十分の活動を経て、私はチラリと時計を見ました。彼女はまだ熱心に友達の姿を探しています。そろそろ頃合いかな、と彼女に声を掛けようとした時、上空からバサバサと翼をはためかせる音が聞こえました。この羽音はオトシドリです。ですが随分とうるさく羽音を響かせています。こういう時は何か荷物を持っているんですが、一体何を拾ってきたのか。結論から言うとオトシドリは胸元の袋に無理やりポケモンを詰め込んでいました。ドククラゲ...です。

えっ!?と思うのもつかの間、開放されたドククラゲはすぐさま川に着水。乾いた身体を潤しているようです。ドククラゲはそう長い時間でなければ陸地でも活動は出来ますが、この子も出掛けていたのでしょうか。オトシドリが海で捕獲した個体ではないのかな。とにかくオトシドリをボールに戻し、彼女を伺います。彼女の言葉にならない感動の様相を見れば、それが「友達」のドククラゲであるとはすぐに分かりましたが。

ドククラゲは少女に向き直り、後ろ手の触手をスイと前方に掲げます。その手には、何処で拾ったのか、土まみれのモンスターボールが握られていました。ドククラゲはじっと少女を見つめます。まるで、捕まえて欲しいと言わんばかりに。

少女の泣き声を聞きながら、私はそっと帰路につきました。この件に関して私の仕事はもうないでしょう。それで私は、自分の敗北を認め、足早に駅に向かったのでした。

 

ガタゴトと揺られる電車の座席の上で、ふとポケモンのいない世界のことを考えてみました。あまりにも突拍子のない話ですが、つくづくポケモンは不思議な生き物ですから、まあそういう可能性もあったかもしれません。私が大いに荒んでいたあの頃、ポケモン達の体温が私を現実に繋ぎ止めました。自分以外の誰かの温もりはオキシトシンの分泌を促し、前向きな感情をもたらします。ポケモンがいない世界の人々はより愛情を欲しながら生きているのでしょうか。ポケモンがいたって私は大人になって、こんなにも、やり切れない気持ちを抱えながら生きているのに?それは何とも悲しい話です。

ぼんやりと先の出来事を反芻して。世界とポケモンを結びつける一つの力の可能性として、子供はある種の力を持っているのかもしれません。あの彼女とドククラゲの結び付きは、世界に根差し、何か勇気を与えます。それが羨ましくもありますが、かつて私も子供であったと思い至りました。まるで封印されていたような記憶に思えましたが、確かにそうだったんです。それはカバンの中のオトシドリが証明してくれます。ポケモンだけが、それを思い出させてくれるのかも。

私はポケモンのいない世界に生きる私を想い、祈るような気持ちになりました。我ながらナイーブな機微です。しかし、きっとそういう日もあっていいでしょう。

時刻は8時手前。とにかくお腹が空きました。目覚しい活躍で貢献したオトシドリとそのトレーナーのキミタケにはご褒美があっていいはずです。折角のコンビニ飯を楽しむべく、財布の紐を緩めようと決めたのでした。

今なお進む電車の窓に、私の顔が反射します。子供だったあの頃の私が少し、私を見つめているような気がしました。